とても平穏な日々

 一日一日がフラットで平坦で平凡で、何もおこらない。物語はなく、シナリオはない。ただたしかに一日がある。
 小さな喜びがあり、小さな怒りがある。疲れがあり、回復がある。幸福感はフラットに押し潰されて薄くなり拡散してしまう。すごく薄いダシのみそ汁のようだ。いくらでも摂取できるような気がするけれど、いくら摂取しても足りないような気分にもなる。サイボーグ忍者は"俺に生きる実感をくれ"と言った。私はそれを思い出して“私にも生きる実感をくれ”と思ってみるけれど、どうもしっくりこない。しっかりと触れることができる生の実感のような強い刺激はおそらく強い感情を伴うはずだから、それはとても分かりやすくシンプルに生きるということを理解する手掛かりになるかもしれない、けれど、どうせなら私はつるつるのフラットという状況・設定から導き出される生の実感を得たいような気がする。それは単純に生活を知りたいということかもしれない。生活の中の小さな喜びなどではなく、生活という大きなシステムの仕組みを私は知りたい。生活というのは私そのもののような気もしている。

 今日はとても月がきれいだ。まん丸の月がびかびか光っている。部屋を真っ暗にしてカーテンの隙間から見た月は駐車場に並べられた無数の車と巨大なマンションの目のような窓の群れを照らしていて誇らしげにも見える。月が地球の周りをぐるぐる回っているのって見慣れてしまったけれど異様なことだなとも思う。もし私が異星人ではじめて地球に降り立って夜で、空に月が浮かんでいるのを発見したらすごく驚くだろうな。なんだあれは、と。そういえば何度か書いたことがあるけれど昔、友人とお化け屋敷に入った時に、普通のおばけに紛れてヤッターマンの立て看板が暗い部屋に置かれていたことがあった。おばけはおっかない音をたてて突然現れたり煙を吹き出したりして主張が激しかったけれど、ヤッターマンの立て看板はぴくりとも動かなかったし、何の音もしなかった。ただ暗い部屋に立っているだけだった。そのお化け屋敷はヤッターマンとは何の関係もなかったし、おばけ達も関係はなかった。何の脈絡もなくヤッターマンが現れ、そしてヤッターマンの立て看板はまったく私達を驚かそうとしなかった。私達は看板の前で立ち尽くし、看板と対峙した。なんだこれは、なぜここにヤッターマンが? 説明はなかった。私達はしばらく何かが起きるのを待った。しかし本当に何もおこらなかった。フラットで平坦で平凡で、何もおこらない。物語はなく、シナリオはない。ただたしかにそこにヤッターマンの立て看板はあった。私があのおばけ屋敷で今もはっきりと覚えているのはヤッターマンの立て看板だ。強烈な違和感と共に記憶に残り、時々ふとしたきっかけでそれを思い出す。たとえばとても綺麗に光っている月が、まるではじめて見るような光り方をしたときなどに思い出す。

 とても平穏な日々で思い出すのは、中学生の頃の同級生からの電話だった。とても懐かしい名前が携帯電話に表示されていて、飲み会に誘われたりするのだろうかと予想して電話に出ると、声の主は「いきなり電話してごめん」と言った。「〇〇君が死んだの知ってる?」
 〇〇君の家には一度遊びに行ったことがある。故郷にある小さな駅にほど近い食堂の子で、すごく元気でがらがら声で下品なジョークを飛ばしたりするような、いつでも半袖短パンで肘にかさぶたを作っているような、とんでもなく死から遠いところにいる少年だった彼が、大人になってからどのように過ごしていたのか私は知らなかったけれど、彼はたしかにどこかで彼の生活をしていたのだな、と私は気づいた。私が何かに追われるような私の生活をしていたように、彼は彼でおそらく何かと戦ったり逃げたりしながらしっかり生きていたんだよな、と私は思った。

 人生で一番平穏な時間を過ごしているんだと思う。一日一日がフラットで平坦で平凡で、何もおこらない。物語はなく、シナリオはない。ただたしかに一日がある。突然電話が鳴って、スマホを見ると上司からだった。不在着信が何件か溜まっていて、緊急度が高そうだったので私はにわかに緊張した。月を見ていたので今まで着信に気づかなかった。慌てて通話ボタンを押して「もしもしししみです。どうしたんですか」と聞いた。何か起きたんですか?
「明日、弁当を頼もうと思うんだ」と上司は言った。
 私は完全に沈黙せざるをえなかった。彼が何を言っているのか、本当にわからなかった。
「弁当って言いました?」と私は言った。弁当? 上司と弁当の話なんて5年間一度もしたことがない。
「おごるよ」と上司は言った。私はそこで確信した。彼は本当に弁当の話をしているのだ。
「ありがとうございます」と私は言った。「それは、ありがたいです。弁当は好きです」
 上司は、弁当の話をするために何度も電話をかけてくれたのだ。それは、なんというか、何を思えばいいのかわからないことだ。5年間で一度もなかったことだ。
「明日時間あると思うからさ」と上司は言った。
「はい」
「じゃ、また明日。お疲れ様です」
「はい、お疲れ様です」
 電話をきって、またカーテンの隙間から月を見ながら、弁当?????? と思った。